懸念されてきた大不況の波が、猛スピードで押し寄せ、日本経済と国民生活を飲み込んでいます。中小企業経営はどうなるのか、またどう立ち向かうのか、マクロとミクロの両方から、いくつかの点について考えてみたいと思います。
《2》
昨年秋から一気に顕著になった世界同時不況ともいうべき急速な景気後退は、底なしの状況を呈して、不安なまま新年を迎えました。
前号では、こうした深刻な大不況到来にマクロ的な対応として、日本経済を支える重要な柱である中小企業に対して、その資金繰りを支援する中小企業金融の拡充や金融機関の貸し渋り・貸しはがしへの対応策について述べました。
同時に、雇用対策も緊急焦眉の課題となっています。それは、これなくして国民生活の安定を保障しえず、また日本経済浮上のカギとなる内需回復もなしえないからです。
■「年越し派遣村」が投げかけたもの
年末から年始にかけてもっとも重大な社会問題としてマスコミでも取り上げられたのが、東京・日比谷公園に設置された「年越し派遣村」でした。この「派遣村」には、大企業等から突如契約打ち切りを通告され、住居も奪われて路頭へ放り出された非正規雇用の労働者が全国から続々と集まり、約500名に膨れ上がりました。
これにより多くの国民が、大手製造業を中心に行われてきた「住み込み派遣」なるものの実態を知らされるとともに、派遣労働者などの非正規雇用者が、雇用の調整弁としての役割を担わされていることを事実でもって知るところとなりました。
そして、多くの企業が決算期を迎える3月末までに、さらに10万人とも20万人ともいわれる非正規労働者が解雇される見通しといわれています。
■バブル後の「リストラ」との違い
ところで、このように景気悪化と直結して大量の失業者が生まれるという事態は、過去の日本経済においては見られなかった新しい現象です。「リストラ」という言葉が流行ったバブル崩壊後でさえ、雇用調整はもっぱら、希望退職、出向や転籍、再雇用先のあっせんなどを通して行われてきました。ところが今回は、職・住を一度に失い、明日からの生活を成り立たせるメドが全くつかない労働者が大量に生み出されています。これは労働者派遣法の度重なる「改正」で、派遣労働者が大量に生み出されたことに起因しています。
とくに、1999年に原則自由化された労働者派遣法は、2004年に製造業にまで押し広げられ、一気に非正規雇用者の数を加速させました。製造業に従事する非正規雇用者は02年から07年のわずか5年間で2倍以上に膨れ上がり、労働者全体でも3分の1以上が非正規雇用で占められています。
注) 2001年以前は「労働力調査特別調査」、2002年以降は「労働力調査詳細集計」により作成。なお、「労働力調査特別調査」と「労働力調査詳細集計」とでは、調査方法、調査月などが相違する。1991年〜1998年は、各年2月に実施された調査。1999年〜2001年は、2月と8月に実施された調査の平均値。2002年以降は、通年の平均値。
■目先の利益を原動力に推し進められた固定費(人件費)の流動化
このような不安定雇用を大量に抱え込んだ社会への変遷は、自然にできあがったものではなく、この約10年の間に一つの明確な意図をもって、労働者派遣の規制緩和という形でつくられたものです。
それは、短期的な目先の利益を最優先させるために、本来固定費としての性格を有していた人件費を流動費にして、原材料費などと同じように売上高に比例的に連動させてしまおうとする衝動であり、その誘惑に端を発しています。こうすれば、売上に応じて必要なだけ労働力を調達でき、必要なければ調達・購入しなければよいのです(労働者の側からすれば、職を失う)。事実、これにより大企業を中心に急速なコストカットが進み、この数年間で軒並み「史上空前」「過去最高」と言われる利益がもたらされました。
しかし一方で、労働力を提供する側は、「ワーキング・プア」や「ネット・カフェ難民」という言葉に象徴されるような安定的に生活する基盤を失い、人間性をはく奪されて原材料などと同じようなモノとしての性格を押しつけられてしまいました。
昨年、プロレタリア作家・小林多喜二著『蟹工船』が若者の間で大ブームとなり、年末の流行語大賞にもノミネートされましたが、それは、派遣労働者をはじめとする非正規雇用者の多くが、『蟹工船』の中で描かれた戦前の奴隷労働との酷似性を自らの生活の中に見出した結果であるかもしれません。
■内需浮揚の観点からも労働者派遣法の抜本的見直しを
大企業などごく一部に富が集中し、滞留している社会では、経済の発展は望めません。とくに日本においては、GDPの約6割が個人消費ですから、この部分の活力を取り戻さなければ、日本経済の立て直しはままなりません。
ところが、労働者全体の3分の1以上が非正規雇用者で占められ、前述のような状況を強いられているわけですから、これをこのまま放置しては、個人消費の活力を引き出しようがありません。
労働者派遣法の抜本的見直しを柱にした雇用対策を定め、経済的安心が保障される社会へ舵を切ることが、力強い内需を作り出し、日本経済の健全な発展の礎になるでしょう。「あとは野となれ、山となれ」的な目先の利益に翻弄される誘惑に対して、社会的な歯止めが必要になっています。
■国民生活と地域経済に密着した公共投資
もう一つは、有用・有効な公共投資による仕事と雇用の創出です。
その際留意すべきは、従来型の不要な大型土木工事ではなく、国民生活と地域経済に密着した公共投資であり、そこに中小企業や地域住民の活力を結集して、活性化を図ることです。
たとえば、遅れている学校や公共施設の耐震補強、世界的課題ともなっているCO2削減のためのインフラ整備などが考えられるでしょう。また、ハード面だけでなく、介護や福祉、医療、教育などのマンパワーを必要とする分野への積極的な投資も検討すべきです。国や地方自治体が、こうしたテーマを戦略的に据えて、そこに集中的に投資することは、現在の不況への対応だけでなく、将来にわたる国民生活と地域経済の発展に寄与することにもなります。
各種世論調査でも多くの国民が疑問を呈している、2兆円規模の「定額給付金」ですが、さて、いったいその経済効果はいかに?その結果が注目されます。
《3》
(1)「彼(敵)を知り…」孫子の兵法に学ぶ
経営とは、ある意味では戦いとよく似ています。そのため、さまざまな経営者向けの雑誌でも戦国武将や古代中国の軍師などの生き方や考え方が頻繁に特集されているのは、ご存知の通りです。
たとえば、「彼(敵)を知り己を知れば、百戦して殆うからず」。そのあとに「彼を知らずして己を知れば一勝一負す。彼を知らず己を知らざれば戦うごとに必ず敗る」(孫子の兵法「謀攻篇」)と続きます。つまり、消費者や取引相手、競争相手の状況をよく知り、その中に事業機会やリスクを見極めること。そして、自分自身の強みや弱みを客観的・正確に認識し理解することです。
■SWOT分析で敵を知り己を知る
新規事業計画や経営戦略を策定する際によく使われるのは、SWOT分析といわれる手法ですが、これも上記「孫子の兵法」と同じです。自社の能力をS(強み)、W(弱み)に分け、経営環境や市場をO(機会、チャンス)、T(脅威、リスク)に分けて整理します。
その上で、強み(S)を最大限に磨き、チャンス(O)をとらえて積極果敢にアタックすることです。もう一つは、足をすくわれないように弱み(W)をどう克服するか、脅威(T)をいかに軽減するかなど、リスク回避の方策を決める必要があるでしょう。
【都内F市で建設業を営むA社の場合】
■頭の中は「どう倒産するか」でいっぱい
年明け早々のある日、A社長から相談を受けました。「これまで大手ゼネコンの一次下請けとして、新築マンションのフローリング工事を受け持って業績も伸ばしてきたが、この突然の大不況で一気に新築マンションの建設にブレーキがかかり、今年後半以降の仕事の予定が立たない。その上、元請のゼネコンについても危ないうわさが絶えず、もし元請が倒れたらおしまいだ。そうなる前に会社をたたもうと思うが、相談に乗ってほしい…」。昨年末から悩み続け、A社長の頭の中は「どう倒産するか」でいっぱいでした。
しかし、いろいろな話をする中で、「『倒産』ばかりが道ではない」と思い直し、新規事業展開で活路を拓こうと、フローリングを中心にした住宅リフォーム事業の構想を練り始めました。
■SWOTで分析してみたら…
その際、A社長と一緒に検討したのが、SWOT分析でした。その一端を紹介しましょう。
<S(強み)>
●価格競争力(普通の工務店などの半値で資材調達可能な強力な仕入ルートを保有している)
●フローリングについての豊富な知識とコンサルティング能力
●ISO9001取得など、信頼と高い品質を兼ね備えた専門的施工技術を保有 など。
<W(弱み)>
●フローリング工事専門業であるために、住宅リフォーム全般にわたる顧客要望の多様性に応えきれない
●顧客獲得のための情報収集力や営業力に乏しい
●少人数による経営のため、顧客へのきめ細かな対応に難点あり など。
<O(機会)>
●都市部を中心にマンション等集合住宅のリフォーム需要の増大(今後ますます)
*老朽化による大規模改修の必要性は、居室リフォーム需要も喚起
*畳や絨毯からフローリングへ、住環境への志向性の変化
*高齢化社会の本格的到来と居室内バリアフリー化需要 など。
<T(脅威)>
●リフォーム市場をめぐる同業他社との競争の激化
●施工現場が散在する危険性=時間やコストのロス発生の危険性
●世界的不況の進行による需要の減退 など。
検討の中で、おおよそ上記のような事柄が挙げられました。こうして挙げてみると、「うちもそんなに悪い会社じゃない…」。少し自信が出てきたようです。
■強みを生かし、弱みを克服するための具体化へ
さらに、分析・整理した内容をもとに、@強みを最大限にアピールして市場の機会をとらえて攻め方を工夫する、A弱みや脅威を打ち消してリスクを最小限に抑え込む、ことを念頭に具体化が始まりました。
いま、顧客ターゲットを絞り込むことや強みを最大限にアピールするための広告宣伝のあり方、フローリング以外の要望への対応力の獲得、魅力的な価格設定…など、一つひとつ検討・具体化が行われています。
こうした具体化の中で、A社長のイメージもだんだん膨らみ始め、あらたな意欲と展望をもって、この厳しい不況に立ち向かおうとしているのです。
(2)「宝の持ち腐れ」か「宝の山」か
中小企業においては、ヒト、モノ、カネ、情報といった経営資源が不足しているとよく言われます。しかしよく見ると、すぐれた資源を保有しているにもかかわらずそれを有効に活用しきれなかったり、見落としたまま嘆いている場合も少なくありません。
あらためて保有している経営資源を棚卸して、それを総動員してこの不況に立ち向かっていくことが大切です。
【都内K区で広告デザイン業を営むB社の場合】
■顧客企業の広告宣伝費見直し・圧縮の中で
B社は、これまで自動車販売業や飲食業などを中心的な顧客として、そのポスターやチラシなどの広告宣伝物のデザインを行ってきましたが、この不況の中で各顧客とも広告宣伝費の見直し・圧縮を余儀なくされ、このままではB社の売上もそれにともなってダウンせざるを得ません。これをどう打開していくか、がテーマとなっています。
そこで肝心なことは、B社のような広告デザイン業の売上は、各顧客の広告宣伝費から生み出されるということであり、顧客に業績アップの意欲をもって旺盛に広告宣伝を打ってもらわなければ、B社の売上も向上しないということです。
■“御用聞き”的な営業から提案型の営業へ
となると、「仕事ありませんか?」というような“御用聞き”的な営業ではなく、「こうやって御社の業績アップを図りませんか」というような提案型の営業が必要です。
しかし、提案型の営業といっても、簡単ではありません。やはりここでも「彼(敵)を知り、己を知れば…」です。取引先の主力商品はなにか、中心的な顧客層はだれか、どのような戦略・戦術で業績アップを図ろうとしているのか、新規展開の計画はあるか…など、取引先の会社のことを自分の会社のことのようによく知る必要があります。
■顧客リストを「宝の山」に提案型営業へ第一歩
B社は年間約150社ほどの顧客と取引がありますが、それを取引高順に並べてみると、上位10社(7%)との取引で売上の85%をしめています。
そこで、この上位10社のことをもっとよく知ることから始めました。すると、いろんなことがわかってきます。同じような業種なのに、事業規模や立地、掲げている主力商品などによって、その会社の発展方向やめざす方向に違いがあり、当然、そのための広告宣伝の角度やあり方にも違いが生まれてきます。また、「もっと、こうしたらこの会社は業績アップできるのでは?」というような新たな発見も。こうなれば、提案型の営業への第一歩が踏み出せます。
さらに、もう少し顧客リストを分析してみると、年々取引高が増えている顧客と、逆にかつてはかなりの取引があったにもかかわらず、いつの間にか取引が希薄になってしまった顧客もあることがわかりました。
その中から、まだ取引関係も取引高も大きくはないが、意欲がありB社にとって有望な企業をピックアップして、同様にクライアントシートに落とし込んで分析して、どのような提案をしようかと検討しています。
■経営理念とも合致して
B社ではこれまで、このように顧客をより深く分析したことがありませんでした。しかし、こうして顧客分析をやってみると、実はこの不況を生き抜くための新しい方向性も見えてきて、それがB社が掲げる「コミュニケーションの価値創造」「利他の心」という経営理念にも合致する方向であることがわかり、経営者も従業員も確信を深めています。
肝心なことは、業種・業態はもちろん同業種でさえ、この世界的不況に立ち向かい、乗り越えるための同じ処方箋はないということです。自分の頭で考え、自分の力で克服する「知恵と力」が要求されているのです。
《4》
(3)“どんぶり勘定”からの脱却を
3月は確定申告の季節であり、多くの法人が決算期を迎える時期でもあります。当事務所は税理士事務所ではありませんが、それでも個人事業主や法人経営者から、確定申告や決算を控えて、さまざまな経営上の相談が寄せられています。
ところで、この時期いつも感じるのは、“どんぶり勘定”的な経営が少なくないことです。
事業規模が小さく、資金の出と入りが比較的単純な場合は、それでも何とかやりくり可能ですが、事業規模が大きくなり、収益構造が複雑になってくると、こうした“どんぶり勘定”では、手痛い失敗に陥ることになります。
【都内N区でクリーニング業を営むC社の場合】
C社は、N区に本社工場をもち、都内を中心に各地のスーパーマーケットなどに30ほどのテナント店舗を展開、その他の業務委託契約とあわせて、年間約2億8千万円の売上がある比較的大きなクリーニング会社です。
■クリーニング業界の特徴
ご存知のように、クリーニング業界は、全国展開する大手事業者から家族経営的な事業者まで、大小さまざまな事業者がひしめき合い、激しい競争が展開されている業種です。これに、先の原油高で燃料や洗剤(溶剤)など原材料費の高騰がのしかかり、今日では深刻な不況が、さらに経営を圧迫しています。
また、年間を通して毎月コンスタントに売上を確保できるわけでなく、3月から6月の4ヶ月間で、年間売上のほぼ半分を売り上げてしまい、売上の最も多い月と最も少ない月では、売上高に大きな差があります。
そのため、年間を通した採算とあわせて、売り上げが落ち込む時期の資金繰りにも注意が必要になります。
■売上の大きい店舗が“優良”店舗か
C社では、各店舗の日々の売上を集計して売上管理を行っており、どの店舗がどのくらいの売上があるかは、経営者もよく心得ています。表1は、22のスーパーテナント店の昨年売上高(月平均)を順に並べたものです。そして、売上が伸び悩んでいる店舗へのテコ入れや対策などにも、可能な限り取り組んできました。こうして、競争の激しい業界にあっても、さまざまな苦難を乗り越えながら、事業の維持を図ってきたのです。
しかし、今日の深刻な不況に直面して、「このままでは重大な経営危機に陥る危険がある」と、あらためて店舗ごとの詳細な分析に乗り出しました。
そこでわかったことは、売上はもちろん大事だが、それだけで“優良”と判断するのは早計であるということ。
テナント店舗を運営するには、スーパー等へ支払う家賃やテナント料はもちろん、契約上の各種手数料が発生します。またクリーニングの受付や引き渡しをする従業員(主にパートタイマー)の人件費は、時間単価だけでなく、スーパーの営業時間にも左右されます。さらに、輸送コストは店舗と工場の距離によって違います。こうした諸経費を勘案して、店舗ごとにどれだけの利益をあげているかを表したのが、表2です。
表1と表2を見比べてください。かなり順位に変動があることがわかります。
たとえば、売上高トップの「イ店」ですが、Sスーパーに支払う家賃とテナント料は、売上高の約23%にのぼり、深夜営業をするSスーパーに合わせて、長時間の営業時間を強いられ、その分人件費も増大します。そのため、利益率は9番目に位置しています。
一方、売上高2位の「ロ店」は、「イ店」より若干売上高は低いものの、Yスーパーに支払う家賃・テナント料は、売上歩合ではなく固定家賃として設定されており、実質負担率は、売上高の約15%余。人件費も「イ店」の3分の2程度で抑えられ、その結果、利益率は、ダントツのトップです。
実際、売上高9位−利益率3位の「リ店」の利益額は、「イ店」よりも約3割も多いのです。一方、売上高では「リ店」に次ぐ「ヌ店」の場合、利益率はマイナスになっています。
たしかに、売上高が下位の店舗の多くは、利益率もマイナスが多く、これ自身の対策が必要ですが、見てきたように、売上高が大きければ、利益も大きいと単純に結論付けるわけにはいかないのです。
これらを横軸に売上高、縦軸に利益率をとってプロットしたのが、図1(売上高上位19店舗分)です。こうすると、ひと目で各店舗の状況が分かるとともに、それぞれの店舗ごとに、どのような対策を取る必要があるかが見えてきます。
まず、早急に対策を取らなければならないのは、レ、ツ、ヨの各店です。売上が小さいばかりか、原価割れをしている状況であり、抜本的な対策が必要です。閉店・撤退も検討すべきでしょう。
また、「イ店」の場合は、前述のようにテナント料や長時間営業による人件費支出が、利益率を大きく悪化させており、Sスーパーとの交渉によって、利益率の改善を図りたいものです。「チ店」も、同じSスーパーのテナント店であり、やはり条件交渉が必要です。
■“常識”に挑戦する取り組みを
もう一つ、C社で取り組もうとしていることに、売上の季節変動の問題があります。前述したように、クリーニング業界においては、消費者が衣替えをする時期に売上が大きく伸びる傾向があり、とりわけコートやセーターなどの冬物衣類が出る春から初夏にかけてが「かき入れ時」です。しかし裏を返せば、その他の時期は売上が落ち込み、多くの店舗が採算割れになっているということ。
たとえばC社において最も“優良”と目される「ロ店」の場合であっても、月売上高が一番大きい5月と一番小さい1月では、2.61倍の差があります。売上の落ち込む1、2月は、「ロ店」といえども、採算割れすれすれの状況です。
ところで、この売上差が4.35倍と最も大きかったのが「ト店」でした。しかし、スーパー側の新装開店というC社にとっての幸運も重なり、その後の努力で3月以降売上が伸び、ピーク(5月)以降の落ち込みも、「ロ店」並みに抑えることが出来たのです。実際、今年1月の売上高は、昨年同月の1.8倍で、昨年ピークの41%(昨年1月は23%)に踏みとどまっています。
一方、売上差が2番目(3.90倍)に大きかった「カ店」の場合は、こうした取り組みが十分されず、4月のピーク以降、急速に売上が落ち込んでいることがわかります。今年1月の売上高も昨年と同水準で、早急な改善が必要になっています(図2参照)。
「ト店」も「カ店」も、年平均の利益率は売上高トップの「イ店」よりも高く、売上差の改善に成功すれば、売上高も利益率もさらに好転し、「ロ店」と並ぶC社きっての“優良”店に成長することも可能です。
「大きな季節変動があるのは当たり前」というクリーニング業界の“常識”を疑い、いかにこの“常識”を打ち破るか、ここが知恵の出しどころです。
1年を締めくくって、はじめて「黒字だった」とか「赤字になった」などというのではもちろん論外ですが、多くの中小企業において多かれ少なかれ“どんぶり勘定”的な経営が残されているのも実態です。とくに、利益率の薄い事業においては、売上のわずかな落ち込みや原材料費の高騰、非効率的な運営などを見過ごすことは、そのまま経営危機に直結することになります。かといって、あまりにこの分析に手間ひまをかけたのでは、経営が内向きになり、逆のコスト高になりかねませんので、バランスを見ながら、必要に応じて経営の現状把握と改善を進めていくことが肝心です。
《5》
(4)“常識”の壁を崩せ
【都内T区で建設関連の会社を営むD社の場合】
D社の経営陣2人から訪問を受け、「この不況で、建設関連は特にひどい。『今年予定していた建設計画をしばらく延期したい』という話もあり、先の見通しが立たない」との相談を受けました。
■売上確保が不安定な建設関連業=受注型業種
建設関連業の特徴は、受注型の取引がもっぱらで、年間を通して安定的な売上を見越すことができない点にあります。大型の契約が結べれば良いのですが、今日の不況下ではそれを望むことは、容易でありません。それほど大型でない案件でさえ、契約を取るために情報の収集や営業活動に費用がかさみ、それが経営を圧迫している場合も散見します。社長を先頭に大型案件を追い続け、その結果経営のバランスを失って倒産した例もあります。
では、こうした受注型の取引を常とする業種では、安定的で持続的な経営は不可能なのでしょうか?
■過去取引のあった顧客を掘り起こしてコンサル契約
さまざまな紆余曲折を経ながらもD社の歴史は古く、この間、個人宅はもちろん、数多くの医療・福祉施設の建設にも携わってきました。そのどれもが、顧客(建主)との厚い信頼関係を築く中で、受注したものでした。
しかし建築物の場合、耐用年数が長く、鉄筋コンクリートの建物ならば30年〜40年。かなり意識的に顧客と結びつく努力をしなければ、一度受注し建設したら、その顧客とはそれっきり…、という場合も少なくありません。そうなれば、またもや新規顧客獲得のための営業に奔走することになります。
そこで着目したのが、過去に取引のあった顧客を掘り起こして、系統的な関係を結ぶことでした。
とりわけ、医療・福祉施設などでは、建設後耐用年数を待たずに、修繕や増改築などが行われます。個人の住宅においても、家族構成の変化や年齢の変遷、生活スタイルや生活レベルの変化に応じて、修繕や増改築の需要が発生します。
もし、新規受注で建設した後、その顧客とほとんど付き合いがないなら、こうした修繕や増改築などの需要は、他の業者に発注されてしまうかもしれません。
こうした需要を確実に獲得するためにD社では、少額で幅広くコンサル契約を結ぶことにしました。
建物や施設の規模や用途、使われている材質などにもよりますが、定期的に電話や直接出向いて顧客(建主)の話を聞き、建物の専門家としての立場から適切な助言を行うとともに、建物や施設に対する不満や要望、さらには建替えや修繕・増改築などに関わる将来的な構想や計画を顧客と一緒に考え、提案するわけです。こうすれば、建設した建物や施設に対して末永く責任をもつことになり、顧客(建主)の満足を維持・継続することにもつながります。
顧客(建主)との間で、このようなコンサル契約を結ぶことができれば、その顧客(建主)は、重要なリピーターとして、修繕や増改築、建替えなどの需要が発生したときには、D社は確実にそれを受注することが可能になります。
たとえば仮に、こうしたコンサル契約を100件結ぶことができたとしましょう。すると、建物・施設の耐用年数の平均を30年とすれば、単純計算で毎年3件以上の建替え需要が発生することになります。修繕や増改築などの需要はもっと短期で発生しますから、それらを合わせると、計算上、大小合わせて毎年10件程度の受注を獲得できる可能性が生まれることになるのです。
これを新規受注獲得のとりくみとバランスを取りながら追究していくなら、年間を通して安定的な売上を確保する道が開けてきます。
■D社の新規性
一般に、顧客の囲い込みでリピート率を高めようという手法は、けっして目新しいものではありません。よく行われているのは、ポイントカードの発行などで、一定のポイントがたまるとお買い物券などが発行されるというのは、スーパーマーケットをはじめ多くの小売業者が取り組んでいます。また、来店頻度や売上への貢献度によって顧客を階層化して、より貢献度の高い顧客には他とは違う特典を付与することで優良顧客の離反を防ぐ、FSPという手法もあわせて用いられています。
D社のビジネスモデルの新規性は、こうした手法を建築関連という受注型業種でやってみようとしたこと、さらに、コンサル契約を結んで顧客を囲い込み、そこから少額であれ定期的に定額の売上を確保するとともに新たな受注も獲得する、というこのモデルをより発展させている点にあります。
■問題は具体化と実践
問題は、このビジネスモデルをどのように具体化し、確実に事業として展開していくかです。
そのためには、「受注産業」という根強い“業界の常識”がある中で、すべてのスタッフ・従業員がこの固定観念を払しょくして、新しいビジネスモデルに確信をもって取り組むことが前提になります。
とくに、コンサル契約が一定数に達しなければ、このビジネスモデルは有効性を発揮することが難しく、それまでの間は、どうしても売上確保のためには“背に腹は代えられない”と、このビジネスモデルを手放して新規受注を追い求めようとする衝動が生まれがちです。そうなれば、このビジネスモデルは挫折を余儀なくされ、「受注産業」の宿命の淵にまたもや落ち込むことになりかねません。その意味では、当面の経営の安定を維持するための資金繰りの確保も手立てしなければなりません。
そして、中長期的なスパンでコンサル契約数の目標をもち、半年後、1年後にはどれだけの契約を獲得するのか、その目標を達成するとどのような展望と可能性が開かれるか、ということを全社で共有しながら、みんなで励まし合って取り組んでいくことが大切になるでしょう。
また、コンサルの内容も検討しなければなりません。どのくらいの頻度で、どんな内容で電話や訪問するのか。そしてそれをどのように顧客データとして蓄積し、役立てていくのかなどのシステム上の問題も解決しなければなりません。その際大事なことは、これらの取り組みが、顧客満足の向上につながっているのかどうか、そしてコスト的にも見合っているかという点です。
さらには、月々のコンサル料は顧客の負担にならないように数千円〜という設定ですから、これらをどうやって効率的に回収するかも、現実的な課題となります。毎月の直接回収や振込では、コストがかさみ過ぎてしまいますし、一方、1年分をまとめて回収するのでは、関係も薄れてしまいます。
■“業界の常識”にとらわれない新鮮な視点で
D社の取り組みは、まだ始まったばかり。これからその“本気度”が問われます。しかし、こうした新しい考え方にもとづく取り組みへの議論は、経営陣にもスタッフにも活気を与え、この不況下で生き抜いていこうとする確信にもなっています。
「新規開拓には、既存顧客維持よりも5倍の労力と費用を要する」との研究もあるようですが、今日のような不況下においては、その差はもっと広がっているとみた方が良いでしょう。
それだけに、それぞれの中小企業が有している経営資源を総動員して、それを最も有効に効率的に活用するための工夫が求められており、そのためには“業界の常識”にとらわれない、新鮮な視点が必要です。
《6》
(5)下請け業者の処世術
【埼玉県T市で製造業を営むE社の場合】
■特定の業界や企業に過度に依存しない
プレスを中心に工場を営むE社(従業員5人)は、中堅メーカーの下請けとして、輸送機械のブレーキ部品、建設資材、医療器具、事務用品など、分野の違う大小さまざまな製品・部品の製造をしています。
それは、この間のE社長の粘り強い営業努力の結果であり、「ある特定の業界や企業に依存しすぎる経営では、いざという時にリスクを回避できない」との信念にもとづいています。そのため、E社の売上高に占める取引先別の比率をみると、X社40%、Y社15%、Z社14%、W社10%となっており、それぞれかなりまとまった取引をしながらも、特定の1社に過度に依存しない状況をつくってきました。
E社は半世紀をこえる歴史をもった会社ですが、さまざまな景気変動の波浪を生き抜いてきた原動力の一つが、特定の業界や企業に偏らない取引のあり方をつねに追究し、取引先を開拓してきたことです。
おかげで、昨秋以来の不況の中でもE社の売上は、落ち込みを最小限に食い止めることができました。3月末に決算を迎えましたが、昨年10月〜今年3月の下半期の売上は、前年同時期と比較しても85%を維持することができ、経費節減の努力とあいまって、「黒字決算」となりました。
このことは、同じ製造業を営むF社の経営と比較してみると良くわかります。
都内でE社と同じような規模で製造業を営むF社の場合、売上の8〜9割をP社に依存し、P社との間に長年にわたってかなり強力な「元請け―下請け」構造を形成してきました。
景気の良かった昨夏までは、P社から順調に仕事が入り、利益率は決して良くはありませんでしたが、安定した経営を続けてきました。
しかし、100年に1度といわれる不況に見舞われ、P社自身の売上が大きく落ち込む中、その影響がF社を直撃しました。今年に入り、P社からの注文が激減し、今年1月以降の第4四半期に限ってみると、前年同時期の3分の1以下にまで売上が落ち込んでしまったのです。もともと売上の大部分をP社1社に頼ってきたわけですから、突然P社からの注文が激減してしまったら、ほとんど打つ手がありません。わずかに取引のあったQ社やR社との取引が急に増えるわけもなく、こうした事態に直面してあらためて「安定した売上が見込めるからと、P社に依存しすぎていた」と、必死の方向転換を図ろうとしています。
■資料をつくり粘り強い交渉で単価引き上げに成功
もう一つ、中小製造業の場合多くのところで、今日の不況以前から、元請けからの単価引下げ圧力に加え、原油高や金属などの材料費の高騰で、「多少仕事は増えても利益が出ない」状況が続いてきました。
E社も例外ではありませんでした。国際競争力を理由に繰り返し単価切り下げの協力を強いられ、もう一方で、単価引上げの要請をしても相手先の担当からは「ただ経営が苦しいから単価をあげて欲しいといわれても、根拠がなくては上の決済は出ない」と、けんもほろろに対応されたこともしばしばでした。
とくに近年において、元請け側は、資材調達コストを軽減するために、特殊材料でない限り、材料調達も下請け業者に任せることが少なくありません。それまで支給材による組立・加工だった取引が、条件変更になり、下請け側で調達するようになった案件がしばしば生まれました。そうなると、調達コストや在庫コストなどを下請け側が負担することになります。
ところが、材料価格が高騰しても、あらかじめ単価が契約書に明記されて固定されていたり、力関係などが左右して、その値上がり分を元請けへの納入価格に転嫁できない場合が大半です。
その是正には、粘り強い交渉が必要ですし、是正の根拠となる資料も用意しなければなりません。しかし、往々にして中小・零細業者においては、交渉力や交渉術が弱く、かつ説得力ある資料を準備するとなると、かなりの手間暇がかかり、容易ではありません。
こうした経験を経て、E社が取り組んだのが原価管理。とはいえ、大手企業のような大がかりな取り組みは不可能で、ある製品をつくるのにどのような工程があり、それぞれの工程にどの程度の時間がかかるのかを明らかにして、それらを一覧表にすることから始めました。これに、材料価格や外注費などを勘案すれば、おおよその原価がわかります。こうすることで、注文を受けた製品がどのような工程を経て、大まかな採算単価がいくらになるかが分かるようになりました。
これらをもとに資料をつくり、あらためて元請け側と単価見直しの交渉を進めました。「この製品は、単価をあと○円あげてもらわないと、生産を続けることは不可能」などと、資料にもとづいた道理ある説明は、先方の担当者を動かし、ついに単価引き上げの合意となりました。この経験を生かし、他の元請け各社とも交渉を進め、この間3社との間で単価引き上げに成功。これが「黒字決算」のもう一つの要因になったのです。
また、こうした原価管理の努力は、工程の合理化への意識も刺激し、「こうしたらもっと合理的で楽に作業ができるのではないか」などの改善への気運を生み出しつつあります。
■税金対策中心から、経営管理に役立つ会計に
この連載を始めて、すでに半年が経過しました。政府は景気の「底打ち宣言」をしたいようですが、中小企業の多くはいまだ景気の先行きが見えず、廃業や倒産を余儀なくされたところも少なくありません。
しかし一方で、この連載の中でも紹介してきたように、この不況の海をたくましく泳ぎ切ろうとしている会社もたくさんあります。その方向や手法は、それぞれ業種や経営者自身の考え方によって異なって当然でしょう。それでこそ、中小企業の活力やバリエーションが生まれるわけですから。
ただし、今回紹介したE社の努力を見ると、どんな中小企業にとっても欠かせない大事なことがあることを痛感しました。それは、会計の在り方を変更したことでした。
E社では、財務といえば資金繰り対策が中心で、あとはもっぱら税理士事務所に任せっぱなしの状態が続いてきました。そのため月々の売上への関心はあっても、一つひとつの取引(注文)が採算の取れたものであるかどうかは、「よく分からない」というのが、実情でした。というのも、それらの資料が会計事務所から出されるわけでなく、まして社内でこうした資料を作成することは、不可能だったからです。
それを切り替え、パソコンを導入して自社内で会計記帳をできるようにしたことで、月々の試算表を翌月早々に出せるようになり、あわせて発生主義による記帳を徹底したことで、原価管理などを可能とする基礎を作ったのです。
連載はこれで終わりますが、次回から、「経営管理に役立つ会計」について、考えていきたいと思います。