直線上に配置

-経営課題を見定めて-
経営者に聞く

home
   不況・過当競争に抗して生き残り、
     安心して事業承継できる力をつける









            
有限会社村山クリーニング
                 専務取締役:村山祐氏


3月後半から6月にかけては、コートやセーターなど冬物がいっせいにクリーニングに出され、一年を通して最も忙しい時期になります。でも今年は4月に入っても寒い日が続き、雪が降るような異常気象だったために、4月の売上はさっぱり伸びませんでした。その分、GW明けあたりから一気に忙しくなりました。

■過当競争に不況が加わり…
 しかし、この時期全体としては例年よりも少ない。その最大の原因はリーマンショックと言われた一昨年秋以降の不況にあることは間違いありません。一昨年秋以降の売上の落ち込みは深刻です。弊社も売上が落ち込む1月から2月にかけて資金繰りに窮し、金融機関への協力要請などK&Kさんにも協力いただいて手を尽くしてきました。
 でも、不況の影響だけが原因ではないと思っています。クリーニング業界の過当競争は、かなり以前から続いており、全国展開する大手チェーン店の進出が、ワイシャツ1着100円などという低価格競争を先導しています。こうした競争に巻き込まれて、廃業を余儀なくされるクリーニング店が少なくありません。一方で、社会全体の衣生活の変化やメーカーによる新素材開発、さらには少子高齢化と人口減の影響もあるかもしれませんが、全体的にクリーニングを必要としない傾向も強まっています。
 だから、今後も絶対に社会から必要とされる業種・業界であることは間違いないとは思っていますが、従来通りでは生き残れない。

■業界特有の売上の季節変動に合わせて
 そのためには一つは、売上アップの努力です。
 通常のクリーニング業では、月々どこでもだいたい同じパターンで売上が増減します。4月と5月が売上の最大の山で、その後下降し、10月、11月に小さな山が来て、1月、2月が一番の底。毎年この繰り返しで、底と山の差はだいたい2〜3倍です。
 だから売上アップのためには、年間売上の半分を売り上げる3月〜6月の山をできるだけ大きな山にすること。それと、売上が落ち込む時期に、その落ち込みをできるだけ小さくすることが必要です。

■季節に左右されない需要もある
 それからもう一つ、一般家庭から出される衣類はこのように季節に左右されますが、季節と無関係に年間を通してコンスタントにクリーニングを利用するという事業者もあります。たとえばホテルやレストランなどもそうですが、そういう事業者との取引も重要だと考えています。
 今はちょうど売上が下降する時期に入ったわけで、どんなキャンペーンをやっていくか、検討しているところです。既存のお客様を対象にした「○%引き」などのキャンペーンはもちろんですが、新規のお客様を獲得するとりくみを重視したいと思っています。そのためには、ホームページを活用することも一つの方法ではないかと。

■仕入取引を見直し、原価率2%減
 もう一つ、経費削減の努力です。
 クリーニング業では、洗剤やドライ用の溶剤はもちろんビニルカバーやハンガーなどの原材料の支出はかなりの負担になります。これまで弊社の原材料仕入れについては、ほとんど1社との取引で、密接な取引関係を結ぶことで安定供給を確保してきたわけですが、一方で価格的には割高な取引となってきました。とくに今日の不況下においては、価格的なデメリットは直接経営圧迫の要因となるわけで、今回思い切ってその見直しにとりくみ、これにより原価率で2%の改善になりました。これは年間5百万円ほどの経費削減になるわけで、その効果は大きいと思います。
 これからも、より安く安全で環境にも配慮した原材料を使用するという立場で、進めていくつもりです。

■バカにならない家賃・テナント料
 また、スーパーなどのテナント店では家賃・テナント料が大きな負担となり、利益を出しにくくしている場合が多く、これらも交渉を通して解決していかなければなりません。スーパーのテナント料は、各スーパーごとに算出方法が異なり、定額制だったり売上高比例制だったり、その合算だったり様々です。また共益費なども様々で、これらが各店舗の採算性に直結しています。各店舗の売上アップの努力を重ねつつ、家賃・テナント料の適正化を図らなければならないと考えています。

■事業承継も大きな経営課題
 これら努力と合わせて、弊社の場合、とくに重要な課題になってきているのは、創業者である社長の父親がいよいよ高齢で、私がそのあとをきちんと受け継ぐということであり、そのための力量をつけなければなりません。そうでなければ、父も安心して私にバトンタッチできないでしょうし、約80人の従業員も安心できません。その自覚をもって、挑戦したいと思います。


●有限会社村山クリーニング●
1957年創業。練馬区に工場を有し、約30店舗の直営店やスーパーテナント店をはじめ、ホールセール業(下請け・卸)なども展開。年商257百万円(H21年度)。従業員約80名。


     葬儀は何のためにするか
        考えたことがありますか?
     株式会社有仁舎会長:石塚有宏(写真左)、代表取締役:石塚信宏

■葬儀業を始めたきっかけは?

 有仁舎の設立は昭和48年ですが、戦後昭和22年から、今と同じ赤羽の地でお菓子作りをしていたのが前身です。その後、レストランや惣菜の加工など食品関連で事業転換を計り、バブル崩壊後には、葬儀に料理を納める仕出し料理を本業として手がけるようになりました。いろいろな葬儀社と取引を重ねるにつれ、その内情が次第にわかるようになりました。バブル時代の古い体質を残している葬儀社も多く、見積りはいい加減、更に見積りと実際の請求がかけ離れていて法外な値段だったりと、他の業界では通用しないようなことが当然のようにまかり通っている状況でした。本来、葬儀は亡くなられた方と残された遺族の方々が最期のお別れの場として繊細で大切に取り計らわれるはずのものなのに、遺族の意向よりも葬儀社の都合で葬式が仕切られることも多く「こんなことで良いのだろうか」と疑問に感じたことが葬儀を手がけるきっかけでした。

■『NPOエンディングコミニティー縁生舎(えんじょうしゃ)』というのも運営されているようですが…。

 実は、有仁舎よりも縁生舎のほうが葬儀についての関わりは先となります。有仁舎は先ほど申し上げたとおり、元は仕出し業の会社です。当時、葬儀について疑問を感じ始めた頃から、仕出し業の傍ら、葬儀について勉強や情報収集を始めていました。葬儀社と葬家との関係は、一般には亡くなってからあわただしく付き合うのが通常で、生前から自分の葬式について家族と話し合う人はほとんどいません。結局、亡くなった後で連絡を頂き企画を始め、時間的な制約もあり無難な形になってしまう。それでも問題はないのですが、遺族の方も「本当にこれで故人は満足してくれるだろうか」と確信を持てないことが多いのではないでしょうか。そこで生前から、逝く人、送る人と親しく、葬儀について一緒に考え、支えあう仲間として活動していくことが必要と考えて作ったのが縁生舎です。平成16年にはNPO(特定非営利活動法人)にしました。どのような葬儀をしたら良いかを葬儀社任せにせず、葬家の方々と出きる限り率直に話し合って納得できる企画にし、葬儀社に受け渡す活動をしています。その他、ホームページにも掲載していますが、「何のために葬儀をするのか」について考えてもらったり、生前から「もしも」のときのために準備しておいた方が良いもの(例えば訃報を知らせてほしい人のリスト)の整理を呼びかけたり、日常的な相談活動などをしています。また、最近では、社会福祉協議会の「老い支度講座」を受け持ったり、病院の待合室を会場にして「お葬式を考える」講習会をさせてもらったりと活動の幅も広がってきました。

■葬儀業界の現状を教えてください

 バブル崩壊後、経済や時代の変化と共に葬儀の主体は家から個人に移り規模は縮小化しています。そして、身内だけで送る「家族葬」や、僧侶を呼ばない「自由葬(無宗教葬)」と呼ばれるものなど多様化してきました。そんな中、葬儀市場を狙って大手企業が中小の業者を傘下に取り込むような形で参入したのは衝撃的です。今までは、その地域固有の文化や風習が強く影響する従来型の葬儀業に、細やかな対応の苦手な大手企業は参入できないと言われていました。ところが、古い体質の葬儀社が持つ費用の不透明性などを逆手に取る形で、葬儀の全国標準化ともいえるような動きを前面にしての参入です。戒名の文字ごとに金額を設定する動きまであるようです。納得した「その人らしい」葬儀のためには、出来るだけ話し合いに時間を掛けたいという私たちとは、考え方に大きな違いがある。商品化し、画一化することは葬儀にはそぐいません。

■有仁舎の特徴や今後の事業展開について

 NPO縁生舎を設立して5年が経過しました。その活動の広がりと共に、「もしものときはよろしくお願いしたい」という口コミが拡がっています。葬儀に関する企画の縁生舎と施行の有仁舎は、まさに父親と息子の二人三脚の関係で少しずつ広がりつつあります。
 有仁舎では、葬儀について安心して何でも相談してもらえるよう、透明性を心がけています。いくら掛かるか請求書が来なければ分からないようでは、せっかく「葬儀にはこんな企画を入れてほしい」と思っても心配で相談できません。経費の明細には、スタッフの人数や人件費、そして営業経費も明確にしてわかりやすくしています。また、安価で済ませてほしい方もいらっしゃいますから「区民葬」と言われる企画にも対応できるようにしています。
 人と地域社会との関係が希薄になったと言われますが、今でも葬儀は、一族や地域の方々が集まる貴重なコミュニティの場であることには変わりありません。地域密着で事業を地道に積み重ねていくことがとても大切だと考えています。また、葬儀に対する基本的な考え方に意を同じくしてくれる同業者を増やして、業界としての信頼を高めていくことも私たちの課題です。

(お二人ご一緒のインタビューでしたが、掲載は一つにまとめさせていただきました。)


●株式会社有仁舎(ゆうじんしゃ)●
1973年設立。北区・赤羽で製菓業、仕出し業を経て葬儀業に。「NPOエンディングコミュニティー縁生舎」の運営と合わせ、逝く人・送る人が納得できる葬儀のあり方を唱える。資本金1000万円、従業員3名。

    できる!を伸ばして自信をつける
            
〜発達障がい児の療育現場から〜


澁谷尚樹氏(代表理事・室長)(左)、池田聡子氏(前代表理・カウンセリングスーパーバイザー)

◆COESルームの事業内容について教えてください


澁谷:日常の生活、学校生活に何らかの難しさのあるお子さんと保護者様を支援する活動を中心に行っています。自閉症やAD/HD(注意欠陥/多動性障害)のお子さんもいますし、特に診断はないけれど、友達と一緒に遊ぶことが苦手である、読み書きは出来ても計算だけが苦手であるなど、難しさは様々です。

◆NPOを立ち上げて活動をしていこうとしたきっかけは?

池田:もともとは、公立中学校の相談室で相談員をしていましたが、私立学校の専任カウンセラーになり、その相談室を離れることになりました。その時に、いままで担当していたお子さんや保護者、学校だけでは対応しきれないお子さんがいる現状などから、地域の支援者の一人になろうと、はじめは、個人の活動として小さな相談室を開きました。しかし、以前から、力のあるカウンセラーが活動する場が少ないことや、共同研究者の慶應義塾大学の山本淳一教授の研究室に優秀な学生がいるのにその力を発揮する場がないことを残念に思っていたことから、NPOを立ち上げてカウンセラーや学生たちがその力を発揮できる場となればと考えました。

◆子供たちへはどのような療育をされるのですか?


澁谷:「応用行動分析(ABA)」と言われる行動学習の理論を背景にして、それぞれのお子さんに合ったカリキュラムを組んでいきます。例えば、コミュニケーションが苦手なお子さんの場合では、相手の顔を見ることも出来ないこともあります。そんなときは、最初に人と目を合わせることから始めたりします。そして、出来るだけ実際に起こる場面を想定して練習をします。例えば、学校で掃除の時間に「机を拭いて」と頼まれたらどう対応したらよいかとか、店で買い物をするときどうするかなど、様々なパターンを繰り返していきます。これをSST(ソーシャルスキルトレーニング)と言います。そのお子さんの気持ちや考え方を変えていこうとするのではなく、実際に起こりうる場面を想定してどんな対応をしたら良いのかを何度も行い、上手に出来たらしっかり褒めてあげます。この繰り返しによって本人が自信を持ってコミュニケーションを取れるようにしていこうというものです。
一般的に、自閉症のお子さんは人とコミュニケーションをとることを嫌っていると勘違いされがちですが、多くの場合その逆で、人とコミュニケーションをとりたがっているお子さんがほとんどです。ところが、相手との関係を考えたり、その場の雰囲気や相手の表情から気持ちを読み取るといったコミュニケーションの発達に難しさがあります。その場の現象だけで判断しがちなため、例えば、「Aちゃん」と友達に声を掛けたとき、声が届かず返事をしてもらえなかっただけで「嫌われている」と勘違いをしたりします。そう勘違いすると次には話しかけられず、会話もなくなります。コミュニケーションをとりたいのにとれない状況が続くと、別の問題に発展することもあります。学校生活になじめないことから、ちょっとした勘違いで不登校になり、そして引きこもりといった悪循環になることさえあります。そういった生活のし難さをトレーニングで改善できるように支援していくことがCOESルームの主な活動となっています。

◆保護者への支援や学校との関係について教えて下さい。


池田:お子さんの療育には保護者様との連携がとても大切です。毎回保護者様との面談も必ず実施します。COESルームでの療育は週1回が基本ですので、その間に家庭や学校で起こったことは、連絡帳を活用して補うようにしています。また、個別の療育相談活動(カウンセリング)も行っています。「療育」と「カウンセリング」の両方を行うのもCOESルームの特徴の一つです。
必要に応じて学校へも訪問したりセミナーを開催したりしています。学校生活の様子や担任の先生と話すことでお子さんの状況をより細かに把握でき、保護者、学校など子どもと関わる人や組織と連携をとることで、より効果的な支援が出来るようになるのですが、まだ十分とはいえません。一方で、学校の先生方は、お子さんに対してがんばって指導をしていらっしゃるのですが、専門的に学んできている先生は多くなく逆に大変苦労をされている。今後は学校へのコンサルテーションもしていくことで先生方も自信を持って指導できるように連携を深め支援をしていきたいと考えています。

◆行政や社会的に訴えていきたいことなどはありますか?

澁谷: 2007年に学校教育法に「特別支援教育」が位置づけられ全ての小中学校で障がいのある子供に配慮した教育をすることになりましたが、市区町村によって実施内容の質が異なっている段階です。先駆けて実践をしている自治体では、是非検証して実践の効果をアピールし広めてほしいと思います。また、日本では、「障がい」に対して偏見や間違った認識がまだまだ多く、情報不足が原因の一つともなっています。「障がい」が、その子の個性として社会的に正しい理解が進むように国が中心となってもっと情報発信していってほしいと思います。


●NPO法人相談と教育支援室(COES(コース)ルーム)●
2007年12月設立。学校生活で不適応を起こした子ども本人や発達障がい又はその周辺領域の子ども本人、その保護者、教員・支援員などの関係者に対して具体的な支援、指導方法の提供、カウンセリングなどの相談活動を行っている。スタッフ10名

地域社会づくりに貢献できる
設計事務所を目指して
株式会社中央企画設計コンサルタント
代表取締役 今井 出

◆株式会社中央企画設計コンサルティングの成り立ちを教えて下さい

 勤めていた建築設計事務所が倒産した後、同僚だった有志5名で2008年に立ち上げたのが今の会社です。前の会社が倒産した時には、当然これまで手がけた建物も数多くあり、また計画途中だったものもあります。そんなこれまでの仕事に対する相談や計画途中だった物件の受け皿としてスタートしました。


◆現在の仕事の中心はどのような内容ですか

 建築設計事務所として、さまざまな事業を手掛けていますが、中でも医療や福祉の分野が中心です。具体的には、病院や保育園、老人福祉施設などについて新築、増改築や修繕、保守メンテナンス、相談の業務があげられます。
 今まで、会社として、また設計技術者としてどう社会と向き合うべきなのかを仲間と共に悩んできました。やはり、職能の社会性と技術者の生きがいから、社会に貢献したい、地域社会の発展に役立つ仕事をしたいという思いが一致するところです。自然に医療や福祉的な仕事が中心になってきたのだと思います。病院や保育園は地域に必要な施設であり、街づくりの骨格的なものですからなおさらです。
 今の事務所は小人数ですが、能力も高く経験も豊かなメンバーが揃っています。また何よりも基本的な考え方が一致しているため、集団的な力を瞬時に発揮できることが設計事務所としての大変な強みだと思っています。

◆設計をしていく上で、特に大切にしている点などがありましたら教えてください

 我社の場合、民間の仕事がほとんどですから、施主はご自分の仕事の病院経営なり保育園の運営はプロです。しかし、建築に関してはある意味シロウトです。だから、施主の意向とは多少違っていても、工事をする建設業者がやりたい内容を施主に勧めれば大抵のことは出来てしまいます。しかし、それでは建物を作る主役が誰なのか分からなくなってしまいます。主役は当然施主です。私たち設計者は、主役である施主の要望を出来る限り具体的な形にしていくのが仕事です。施主の話を聞きながら、時にはアドバイスもし、設計内容はもちろんお金の使われ方まで施主に納得してもらえることを第一に考えています。そういった意味では、いつでも施主の側に立つために、建設会社とは馴れ合い関係にはならずに、一定の距離を置いた関係を保つことを心掛けています。そのことが大切だとより強く感じたのは2007年に起こった耐震強度偽装問題の「姉歯事件」です。設計事務所は個人経営的な事務所も多く、経済的な基盤の弱さが根底の問題としてあります。設計事務所の多くが大手設計会社やゼネコンの下請けとなり、本来の職能が歪められやすい状況に置かれています。二度と繰り返してはいけない事件です。


◆東日本大震災の後に仕事の変化はありましたか。

 震災によって直接的な仕事上の変化はありませんが、打合せの中で、住んでいる方や建物のオーナーの方の考え方が変わってきたと感じています。もともと「耐震性」は日本の建物に欠かせないキーワードですが、建て替えなのか修繕なのかを迷った際の判断基準として「耐震性」が今までより上位のポイントになっています。また、貸ビルや貸店舗のオーナーからも貸す側の責任として「耐震性」を心配する相談などがありました。

◆これからの会社(事業)の方向は

 建築の業界でも「スクラップ&ビルド」という考え方が時にはありますが、バブル期のような人間を無視した変化では、そこに社会や文化の継承は成り立ちません。建物は、住む人や使う人の変化とともに変わっていくものです。私たちは、これからも建物で暮らし、事業を営む「人」や「社会」の求めに寄り添って仕事をしていきたいと考えます。住み続けられる地域に必要な施設づくりに関わり続けたものです。


●株式会社中央企画設計コンサルタント●
東京都千代田区、2008年設立創業。事業内容:建築設計事務所、医療福祉分野を中心に新築、増改築、保守メンテナンス等。資本金150万円、従業員6名。

「サーフトリップ」の
トップを目指して
株式会社ワールドシーコーポレーション
代表取締役 関野祐智

◆仕事の中心はどのようなものですか

 「サーフィン」に特化した旅行代理店です。主には、個人や少人数グループのお客様を対象にサーフトリップの手配をしています。飛行機に乗ってのツアーが基本ですので、多少予算にもゆとりのある30歳以降の方々が中心です。以前は、冬季中心でしたが、現在は、年間を通じて楽しまれるようになってきました。

◆会社を起こされたきっかけは?

 もともと旅行代理店に勤めていました。大手の外食チェーンと組んでの企画を実施したりタレント同行のツアー、格安チケットの販売など様々扱っていました。
 そんな中、奄美大島へ行く機会があり、その時、奄美の良さを知ると同時に、観光地としてはなかなか集客が出来ない状況であることを知りました。航空会社からも相談され、「海」を観光資源にしてサーフィンやダイビングなど様々な企画を考え、雑誌ともタイアップして大きな成果を挙げることが出来ました。もともと、10代の頃から『35歳で起業をしよう』と決めていましたので、そのときの成功が引き金だったと言えるかもしれません。


◆事業で苦労されていることや力をいれていることは?

 SEO対策には力を入れています。自分自身で独自に勉強して成果が出るには時間もかかりましたが、今では「サーフィン」と「○○(現地)」を指定して検索すれば最初のページに弊社のサイトがヒットするようになりました。サーフトリップでは一般的なパッケージツアー少なく、狭い分野ですからSEO対策はとても効果があります。
 
反面、個人顧客の場合、リピート率が落ちるといった側面もあります。私自身もサーフィンをしますから、地元のショップやスクールの人たちと話をして様々情報発信したりアイディアを搾り出したりしています。弊社のツアーで一度参加したお客様がその後自分で直接手配することは自由ですし、大手の参入も基本的には防げません。絶えず新たな企画を考える必要があります。
 インターネットの普及で「仲介業」と言われる業界はことごとく厳しい状況です。航空会社による格安チケットのネット販売やホテルの直販など、いわばメーカーが小売店を通さずにエンドユーザーに直接販売するわけですから、中間の業者の扱うパイは必然的に小さくなります。格安チケットの絶対数はごくわずかであっても、消費者がそういったチケットを多く目にすると通常運賃でしかを仕入れられない旅行会社には誰も手配を頼まなくなってしまいます。直販は時代の流れとして当然の部分もありますが、長い目で見れば、旅行代理店が航空チケットや宿泊などの旅行商品を数多く販売しない限り旅行業界全体は縮小してしまいます。旅行業界のメーカーとも言える航空会社や大手の代理店は、短期的な利益確保だけで動くのではなく、業界の中長期的な発展も考えてもらいたいと思っています。


◆映画の撮影に関わっていると伺いましたが…

 
11月12日に公開される「シェアハウス」という映画作りに関わりました。湘南を舞台にして世代の違う4人の女性がシェアハウスで共同生活を始めるというヒューマンドラマです。「無縁社会」という言葉が話題を集めたり、地方での空家が増えていく中で、そうした社会問題を背景にして映画は作られました。心温まる映画ですので是非皆さんに見ていただきたいと思っています。映画は、旅行業の仕事と直接の関係ではありませんが、実は、この映画の企画制作をした「オフィスキタ」のプロデューサーの肩書きも持っています。この会社では、以前に中年サーファーを主人公にした「ライフオンザロングボード」という映画を制作しました。その時の関わりが元で、映画に協力できるときには手伝っています。サーフィンを軸にして生きていると、自然に人との関わりが広がっていきます。

◆今後の経営で考えていることは?

 旅行業は、旅行客を受け入れる現地の人に支えられて成り立つ業界です。私たちに出来ることは、現地がどれだけすばらしいことかを情報発信したり、お客様の旅行に対する要望を出来るだけ実現することが商売です。そのために旅行業としてのメーカーに近づいていきたいと思っています。自分たちの企画を出来るだけそのまま商品としてつくる力をつけるということです。
 そして、私たちの仕事を通じて一人でもサーフィンを楽しむ人が増えてくれたらいいなと思っています。


●株式会社ワールドシーコーポレーション●
東京都千代田区、1999年6月創業、事業内容:国内・海外のサーフトリップ・ウィンドサーフトリップの企画、航空券・パッケージツアーの販売等、資本金1050万円、就業員3名

「絆をつなぐ民族芸能の力を確信
民族歌舞団荒馬座  代表 狩野猛

◆劇団の活動と特徴をお聞かせ下さい


 荒馬座は、日本の各地で伝承されている民族芸能を基にして、舞台用に再構成した作品を独自に創り、その作品での公演を中心に活動しています。例えば、2月からスタートする45周年記念公演の演目の中に、岐阜県恵那市の「中山太鼓」があります。今年10月に開かれた中山神社大祭の際には現地を訪問し、中山太鼓保存会の方々から直接指導を受けてきました。この演目では、大勢の叩き手が参加することから、45周年実行委員の方々も指導を受けるため団体でおしかけて一緒に教わってきました。その他の演目も、地元で伝承されている伝統芸能を現地の方から教わり、荒馬座として舞台用に再構成したものがほとんどです。
 また、公演の運営については、企画から実行までの全てを荒馬座がプロデュースするものもありますが、大半は過去に荒馬座で太鼓の研修に参加したことがあるなど、座と関係ある方々を中心とした実行委員会の形式で行われるのが特徴です。実行委員会では、チケット売りや当日の役割分担などの運営面はもとより太鼓の練習まで行うこともあります。そして何より実行委員の方々の交流の場となり、仕事のことから家庭の事まで話題になることもしばしばです。45周年公演のスローガンも「未来は祭りの輪の中に」と掲げているように、公演の企画運営を通じて、参画する人が一人でも増え絆が深まればと願いながら運営しています。
 また、劇場等を使用する一般公演だけでなく、小学校や中学校、保育園などでの「鑑賞教室」や「体験教室」、団体や企業の周年行事や各種イベントでの披露などさまざま場所へ出向いても演じています。ただし、学校が週休2日制になってからは、まとまって授業時間が確保できないためか、実施できる学校は少なくなってしまいました。子供たちが日本の民族芸能と接する機会自体が減っているので大変残念なことです。

中山太鼓(岐阜県恵那市串原):45周年記念公演で演じられる

◆今年が、劇団創立45周年とお聞きしましたが、これまでの歴史をお聞かせ下さい。

 座の創立は、1966年の9月です。その時、私自身はまだ、荒馬座には直接関わってはいませんでした。私は荒馬座の近くの会社に勤めていました。翌1967年、板橋区の労働組合連合で行っていた文化学校、今でいうカルチャースクールのようなものですが、その中に太鼓を学ぶ企画があり、そこへ参加したことがきっかけで荒馬座と関わるようになりました。どこの芸術団体も、当時は情勢的に労働組合との関わりが強く、働く人たちを芸能で励ましながら共に成長していくといった性格が強かったようです。荒馬座はその後、1975年にはある芸能団体からの誘いで、2カ月にも及ぶ「カナダ公演」も実施しました。その後、中国、ベトナム、ブラジル、パラグアイ等の海外公演も行いました。いずれも、現地の市民の方々との交流が大きな刺激と勉強になっています。
 1986年には板橋に今の本部となる民族芸能センターが完成、1992年には長野県八千穂村(現佐久穂町)に、2002年には埼玉県美里町にそれぞれセンターを完成させ発展してきました。

2008年3月、パラグアイ公園(於:日本人会館ホール)

◆東日本大震災の支援活動もされたとお聞きしましたが、どのような活動をされたのですか。

 今回の震災では、荒馬座が長年交流してきた東北の郷土芸能団体も大変大きな被害を受けました。ある団体から連絡が入り「大人のものは手に入るが、子供用の服や靴が手に入らない」と連絡があり、いろいろな所へ呼びかけて物資を集めワゴン車で集まった物資を、道路がようやく開通した4月初めに届けに行きました。そこから始まり、特に親交のあった、岩手県の芸能3団体『中野七頭舞保存会(岩泉町)、鵜住居(虎舞)青年会(釜石市)、浦浜念仏剣舞保存会(大船渡市)』に特化して支援の活動を行いました。募金活動の方法については、座の後援会に呼びかけたりチャリティ公演も実施しました。地元板橋区では南蔵院というお寺に協力していただき境内でも実施しました。さくらの花も満開で、大勢の方々から義援金をいただくことができました。その後、数か所でチャリティ公演を開催できました。義援金は、数回に分けて被災地に直接届けることができました。今回は多くの方々に協力していたことを大変感謝しています。

義援金と太鼓を持って被災地支援で訪れた岩手・釜石市。鵜住居青年会のみなさんが復興への願いを込めて虎舞を神社の前で奉納。(昨年9月)

◆「元気の源の民族芸能」

 東京では震災後しばらくイベントなどの自粛ムードが続いていました。そんな時、被災地では「こんなときだから祭りを絶やさないでくれ」と道具や衣装が満足に整っていない状態でも、なんとか祭りを実施する所が出てきました。これが、人や地域を作り上げる民族芸能だと感じました。物資の復興はお金があれば何とかなります。だけど祭りは、それだけではできません。人がやる気にならないとできないのです。一人でもできない。演じる人がいて、参加する人がいる。お年寄りもいて子供もいる。コミュニティがないと祭りにならない。そして祭りをやるとみんな元気が出てくる。民族芸能は、自然災害を幾度も乗り越えてきた歴史をもっています。だからこそ強いのだと思います。

◆今後の方針をお聞かせ下さい

 今年は、座の創立45周年記念公演の活動もあるので、公演活動に座の力を集中していこうと思います。また、景気もまだまだ回復しているとは言えませんので、しばらくは新たなことに数多く手を出すことは控え、原点に立ち返って活動をしていくことが大切なのだと考えます。

  荒馬座創立45周年記念公演日程
●未来は祭の輪の中に●
@ 2/11(土/休)埼玉会館               15:00〜
A 2/12(日)川越市市民会館             16:00〜
B 2/18(土)太田市新田文化会館エアリスホール    15:00〜
C 2/19(日)熊谷文化創造館さくらめいと      16:00〜
D 6/2 (土)みかぼみらい館(群馬県藤岡市)   16:00〜
E 6/9 (土)パルテノン多摩              18:30〜
F 6/10(日)練馬文化センター            16:00〜
G 6/23(土)板橋区立文化会館           18:00〜
H 6/24(日)所沢市民文化センターミューズ    16:00〜
I 6/30(土)シアター1010(足立区)        13:00〜/18:30〜
J 7/1 (日)本庄市民文化会館            16:00〜
K 9/22(土)船橋市民文化ホール          17:00〜
※お問い合わせは03(3962)5942荒馬座まで

●民族歌舞団荒馬座●
本部:東京都板橋区、創立:1966年9月、座員数:25名・準座員数:約100名、事業内容:民族芸能の公演、保育園・小学校・中学校等での鑑賞教室、太鼓民舞教室の開催など

 
トップ アイコントップページへもどる
home
直線上に配置