メルボルンから見た日本(04年12月第20号から連載)
このコラムは、当事務所の新規事業展開であり、クライアントやネットワークを結ぶ方々との共同で05年6月に立ち上げたホームステイあっせん会社「HOMESTAY SERVICE .COM」の設立準備を兼ねて、当事務所スタッフの鎌田勝典が04年7月にオーストラリア・メルボルンを訪れた経験をもとに連載されています。
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第1回 オーストラリア・ホームステイ事情
【メルボルン4泊5日の旅】
この7月、4泊5日でメルボルンにでかけた。原弁護士の娘さん(小学5年)、事務所の長崎さんの娘さん(中学2年)、そして私の娘(中学2年)の3人娘が2週間ホームステイすることになった。お世話になったメルボルン・ホームステイセンターは、顧問先のA社長の弟さんが経営している。3人娘を迎えに行く、今後の事業のために現地視察する、そして「世界で最も住み良い都市」(国連人口統計局調査)で短いサマー・バケーションというわけである。
【オーストラリアのホームステイ事情】
オーストラリアという国はひと頃移民を積極的に受け入れていたようで、街を歩いていると中国、ベトナムなどアジア系住民の多さに驚く。また非常に親日的で、メルボルンで出会った人はみな親切だった。
親日性、治安の良さなどから、いまやカナダとオーストラリアは人気の日本人ホームステイ国となっている。2カ国とも政府が外国の子どもたちの留学受入れに積極的で、メルボルン・ホームステイセンターも、ビクトリア州教育省認可・公立学校訪問ホームステイ事業者として、ビクトリア州内のすべての公立・私立学校に入校可能という認可資格を持っている。 |

駅とトラム(路面電車) |

第2回 メルボルン・ホームステイセンター
【高いお金を払うなら…】
国際化、少子高齢化の中、子どもを留学体験させたい、あるいは退職後海外生活したい、英会話力を身に付けたいという需要は強い。そして、せっかく高いお金を払って海外に行くなら満足を得たい。
ところが留学、ホームステイの悪徳あっせん業者があとを絶たない。さすがに大手旅行会社提供のパックツアーにそういうことはないようだが、個別サービスが行き届かない。「日本人が何人も一つの家に押し込められ、家族と交流できなかった」「英語を話す家庭じゃなかった」―こんな表に出ない不満が結構あると教えてくれたのは大手旅行会社の元添乗員さん。つまり当たりはずれがあるのだ。
【「一千のホストファミリーはすべて面接して決めました」】
メルボルン・ホームステイセンターは、年間二百人の日本人をホームステイで受け入れる。直接面接し基準にかなった約一千のホストファミリーを確保しているので、夏休みの大量受入れも可能だ。ホストファミリーになってもらう基準は、原則庭付き一戸建て、離婚していない、英語で会話する、家族の一員として扱ってくれる温かい家庭、など。
1ホストファミリーに日本人1人がステイし、家族の一員として過ごす。"中学生の女の子を受け入れるときは同年齢位の女の子がいるファミリー"などきめ細かく配置する。「不満を残して帰る方はまずいません」―社長が自負する最大の理由はここにあった。 |

メルボルン・ホームステイセンターのスタッフの方々 |

第3回 オーストラリアの留学事情
【ビクトリア州の教育制度】
ビクトリア州はオーストラリアで最も文化教育レベルが高いという。義務教育は5歳から15歳まで。小学校7年間、中高等学校は前期4年間と後期2年間(うち前期4年間までが義務教育)で、年間4学期制。その後大学進学する人と「TAFE」という職業訓練学校に進学する人がいる。
8割は公立学校、2割がキリスト系を中心とする私立学校に通学。公立はもちろん、私立学校も留学生を積極的に受け入れている。背景にオーストラリアの「日本ブーム」があるようで、日本語コースを採り入れている学校が多い。
【留学体験とは】
留学体験とは、将来オーストラリアに留学する予定や迷っている中高校生のためのプログラムだが、学校休みを利用して短期間に異文化を体験してみたい生徒たちにも最適。私の娘はその「異文化体験2週間コース」でフランクストン・ハイスクールに通った。
事前に、配属するクラス(同学年か一つ下の学年)の中に、留学生の学校生活の世話役をやる生徒が決められている。朝から午後3時頃まで英語で授業を聞き、友達から英語で話しかけられる。黒板を見て分かるのは数学ぐらい。ホストファミリー宅に帰っても英語で会話する。否が応でも異文化生活を余儀なくされ、2、3週間たつとどうなるか?度胸がつき、英語を聞き分けられる。経験者は「2週間じゃもったいない、3週間位がいい」としきりにいう。 |

ハイスクールでの授業風景 |

第4回 「日本食はヘルシー」
【朝食はコーンフレーク】
オーストラリアの食生活は意外と質素である。娘のステイ先に1泊したとき、ウェルカムパーティも兼ねていたディナーは分厚いビーフとワインだったが、朝はコーンフレーク。娘に聞くと「朝はだいたいコーンフレークだった」とのこと。博物館で見学に来ていた現地の子どもたちの昼食をのぞくと、簡単なサンドウィッチとリンゴ1個。
メルボルン市内にはマクドナルドもケンタッキーもあるのだが、日本のように客が群がっていない。“20年間に大人の平均体重4キロ増”というアメリカ人のマクドナルド的食生活と比べると健全そのものに思う。
【「アイ・ライク・寿司」】
「日本食はヘルシー」という国際評価は本当のようだ。市内にも結構和食レストランがある。日本人がやっている本格的な和食レストランもあるが、中国人が日本で即席学習して始めたと思われる“和食もどき”もある。“きつねうどんはチキン味”とオーストラリア人に勘違いされたくない、こう和食派の私は思う。旅の終わりの夜、コメ欠乏症に陥った私はセブン・イレブンでおにぎりを買おうと寄ったのだが売っていなかった。残念!
時は変わって10月、メルボルンからある母娘が来日、わが家でパーティーを行った。日本食は好きと聞いていたので、出前寿司とちゃんこ鍋でもてなした。お寿司をもりもり美味しそうに食べる姿を見て、真の和食を広げる必要を痛感した。 |

飛行機内で食べた朝食 |

第5回 消費経済の違い〜便利かムダか
【2ドルショップ】
オーストラリアと日本の消費経済に共通点は多い。なにしろオーストラリアの輸出国、輸入国の1位、2位はいずれも日本とアメリカなのだから当然だろう。日本車も多く走っている(トヨタはもちろんだが意外とスバルも多かった)。
面白かったのは「2ドルショップ」。1A$=約80円だから、円に換算すれば一六〇円ショップ。商品棚も日本の一〇〇円ショップと同じようなものが並んでいる。
【日本にあってオーストラリアにないもの】
しかし、国の成り立ちや考え方の大きな違いも感じる。日本にあってメルボルンにないもの。@ネオン。景観を壊すということだろうか。A道端の自動販売機。エネルギーのムダということか。B日本のように粒をそろえてパック化する細やかな販売ではなく、採れたままの果物、野菜、肉を商品化する。C広大な国土面積のため都市と農村は完全に分離され、メルボルンにわが街で見かける大根畑、キャベツ畑はない。
“あぁ〜これだけは日本がいい”と思うのは豊富な水。日本ではお風呂にゆったり入りシャワーで洗うが、メルボルンでは原則シャワー。10月に来日したメルボルン母娘がこう驚いていた。「多くの人々の前で裸で歩く日本の習慣についていけない!」。彼女たちはホテルの大浴場に連れて行かれたのだった。 |

メルボルン市内の市場 |

第6回メルボルンの土地・住宅事情
【3ヘクタールの敷地にログハウス】
娘のステイ先はメルボルン郊外にあった。門に入ってからしばらく車を走らせないと家に到着しない。3ヘクタールぐらいの敷地だろうか。敷地には、家を建てたときの柱の残りで造った高いクレーンに、ロープをぶらさげた、「スウィング」と呼ぶ遊具(ターザンのように遊ぶ絶叫マシーン)がある。「来年はトラックで土を運んでここに丘をつくり、あそこの池には魚も泳がせる計画だ」とパパのトニーさんは言う。小さな子どもたち(9歳のジョージアちゃんと6歳のルック君)が伸び伸び遊べる庭造りの夢は壮大だ。
【ペットはミドリガメ】
「ハーイ、ナホ(娘の名前)。ペットは何?」「私はホース(馬)が3頭よ」「私の家は牛が2頭よ」。こう話しかけられ、わが娘は困った。「ウ〜ン…(そういえば弟がミドリガメを飼っていた!)…タートル(カメ)!」「WHAT??」「ウ〜ン…(と絵を書く)」「…、…」。こんな会話が学校で交わされたらしい。土地・住宅面積によってペットの大きさも違ってくる。
練馬の光が丘とその周辺に、海外からのホームステイを受け入れているグループがある。光ヶ丘団地内では外国人に居間で寝てもらっているという。ホームステイ受入れに困難がともなう日本の住宅事情は悩ましい。 |

広い庭とスウィング |

第7回 ワーカホリック(働き中毒)
【ハッピータイム】
オーストラリアでは5時以降働かないのが常識。2つの体験をした。1つは運転手サムさんの話。2日間ハイヤーで学校やステイ先を回ったのだが、途中進路変更を申し出たとき、サムさんは「ノー」と少し声を荒げている。あとで案内役のKさんに聞いたら、5時以降も働かされると勘違いしたらしい。2つはチョコレート屋の話。メルボルンで一番美味しいチョコをお土産に買おうと、その店にたどり着いたのが5時2分。最後の客が出た直後に扉を叩いたのだが、店員は顔を横に振りながら「ノー」。「わざわざ日本から来たんだよ〜」といくらアピール(もちろん顔で)してもだめだった。
驚いたのは金曜日午後3時から5時までの「ハッピータイム」。職場の同僚とビールを飲んでから帰宅する習慣だ。市内のバーには「ハッピータイム割引」の掲示がある。
【「ファミリーはどうなる?」】
日本の労働実態を話すと、必ず「ファミリーはどうなる?」「信じられない。なぜ?」となる。戦後日本の経済発展の経過を話すと、「ワーカホリック!」と叫ばれるのだ。
ILOが先進各国の労働者がどれだけ超過勤務をしているか調べた。「週50時間以上労働する人」がオーストラリアでは20%だという。日本が超過勤務トップというのはうなずけるのだが、オーストラリアの1・4倍(28%)程度ではないはず。この調査にサービス残業はカウントされていない。 |

人もまばらな夕方のショッピングモール |

第8回 ステータス
【コンサルタントという仕事】
社会保険労務士という仕事をどう英語で紹介すればいいか、オーストラリアに行く前に悩んだ。案内役のKさんに尋ねたら、「コンサルタントがいい。こちらではコンサルタントは一定の社会的地位があるんですよ」とのこと。娘のステイ先で「ホワット・ユア・ジョブ?」と聞かれたので、即座に「ビジネス・コンサルタント」と答えた。
ついでに言えば、妻の仕事は「エディター(編集者)」。あとで聞いた話だが、「コンサルタント・エディター夫妻なら相当の収入があるはずなのに、初めての海外旅行?」と現地では疑問に思ったらしい。取り繕ってもボロが出る。
【「農業する気はないのか?」】
娘のステイ先のトニーから、「君は農業する気はないのか?」と尋ねられた。トニーの親は大きな牧場を経営している。オーストラリアでは一定年齢で農業に転じる人生も一つのステータスとのこと。農業国オーストラリアと違って日本は高度成長とともに農業がつぶされてきた歴史を話した(そのつもりだが通じただろうか)。
10月来日のメルボルン母娘に聞いた話だが、父は政府の官僚、母は元ベトナムのお金持ちのお嬢さん。母になぜオーストラリアに行ったのか尋ねてみた。一九七五年ベトナム革命のときにサイゴン(現ホーチミン市)から追い出されてボート難民になったらしい。
人生いろいろ。国によって、また歴史の中で、ステータスは大きく変わる。
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ホストファミリィ宅の庭で遊ぶ子供たち |

最終回 英語力とは何か
【中学生に負けた】
私は大学まで数えると11年間(?)英語を勉強したはず。まさか英語を勉強し始めたばかりの中学2年生に負けるとは思っていなかった。だが負けた。
ホテルのカウンターで「鍵はいるか?」と聞かれたとき、ファーストフードで「持って帰るか、ここで食べるか?」と聞かれたとき、早くて聞き取れない。横にいた娘が「イエス」と答える。「いまなんて言ったの?」と娘に聞く。「Do you want?と聞かれたらイエスかノーしかないんだよ」と娘は答える。その「ドゥ・ユー・ウオント」が聞き取れないのである。
【「ステイション、ホーム、OK?」】
また10月来日のメルボルン母娘の話。彼女たちを浅草に案内しての帰りに駅で別れるとき、ステイ先に母娘だけでたどり着くことができるか不安だった。娘に英訳を頼むと、「ステイション、ホーム、OK?」。母娘はニコッと「OK!」。見事通じている。
思うに英語力とは、第一に文法力、第二に単語力、第三にリスニング力、第四に度胸ではないだろうか。文法と単語は学校で学ぶ。問題は残りのふたつだ。わずか2週間の留学体験で子どもたちが学んだのはリスニング力と度胸、そして語学への関心だった。かく言う私も、いままで外国人に会うと「アイ・キャント・スピーク・イングリッシュ」と避けるのを慣わしとしていたのだが、わずか数日の体験で怖くないと思い始めている。これが不思議だ。 |

様々な飲食店が並ぶ“フード・コート” |
