経営者と成年後見

この稿は、司法書士の岩井進氏より寄稿していただき、04年6月第14号から3回にわたって連載したものです。


(第1回)

 今回から数回に渡り、「成年後見」の制度についてふれてみたいと思います。

 成年後見とは、たとえば、高齢で痴呆症になられた方のように判断能力が不十分な方について、その方が不利益を被らないように、その財産を管理したり、生活上の諸問題について支援したりと、法律面や生活面でその方を保護、サポートしていくための制度です。また、今は元気で生活している方でも、いつどうなるか分からない、いざというときのために備えておきたい、そういうときのための制度でもあります。

 成年後見には、法定後見と任意後見とがあります。法定後見とは、家庭裁判所への申し立てにより選任された成年後見人が、本人の財産を管理し、本人を代理する権限を有します。これに対して、任意後見は、元気なうちにあらかじめいざというときのために備えておく制度です。

 経営者ご本人の利益を守りながら、適正に財産を管理し、円滑に事業承継を図っていくために、成年後見制度を利用することができます。

 次回はまず法定後見制度について詳しくご説明したいと思います。


(第2回)

 今回は、成年後見制度を活用して、事業継続を図った事例をご紹介します。

 とある工場経営者の話です。創業者である父は76歳、長男53歳は工場経営者の二代目。半年前に父が脳梗塞を患い、一命はとりとめましたが、後遺症と年齢も相まって痴呆症状が見られるに至りました。父の面倒は自宅で同居している長男が全面的にみており、長女47歳はまったく父の面倒をみようとしません。父は折からの不況でかなりの債務を負っており、事業を引き継ぐことになった長男は、父の債務の整理もしなければなりません。そこで、ちょうど父所有の自宅の庭部分にかなりの空きがあったので、その庭部分を売却し、その売買代金で債務を整理しようと考えました。父が十分な意思能力を有していれば、父が自分で売却および債務返済をすればいいのですが、痴呆状態の父にはそれはできません。そこで、家庭裁判所に成年後見人選任の申立てをし、選任された後見人が庭部分を売却し、その代金で債務を返済することができたのです。今では工場の受注も上向きはじめ、無事に事業を継続、安定して父の面倒も見ることができているのです。

 もともと成年後見制度は、本人の自己決定権を尊重しつつ、本人の支援・保護を図る制度であり、本人の周囲の人間の利益を図る制度ではありません。しかし、この事例の場合、父の代で負った債務を返済しきれずに、長男に引き継がれた事業が破綻してしまうと、父本人の生存すら脅かされてしまいます。父名義の財産の一部を売却し、父名義の債務を整理することは、本人の生活確保にもつながったのです(なお、上記事例では、父はもともと自宅を事業の担保として提供していたという事情もありました)。


(第3回)

 前回は、法定後見制度を利用して円滑に事業承継上の問題を解決した事例をご紹介しましたが、それは、問題が起こったあとの事後的な対処でした。高齢化等に伴う問題が避けられない問題である以上、それに対する備えをしておくこともまた、経営上のリスク管理として今後ますます必要となってくるのではないでしょうか。成年後見制度には、法定後見制度のほかに任意後見制度があります。任意後見制度を使うことによって、あらかじめの備えをしておくことが可能となります。

 任意後見制度は、本人と任意後見人との契約であり、その内容は、本人が任意後見人に対して、精神上の障害(例えば痴呆や知的障害)によって判断能力が不十分な状態になってしまった場合に、財産管理をはじめとして自己の生活・療養看護に関する事務の代理権を付与する委任契約です。任意後見契約の効力が生ずるのは、実際に本人に精神上の障害が生じて任意後見監督人が選任されたときからです。生涯健康なままでいれば任意後見契約を締結しても任意後見人が後見を行うことなく終わることもあります。また、任意後見契約は、その内容などについて公正を期するために公正証書で作成することが必要となっています。委任事務は、代理権付与の対象となる法律行為に限られますが、財産管理に関する法律行為(不動産の処分や預貯金の管理など)に限らず、高齢者にとっては非常に重要な問題となる身上監護(生活または療養看護)に関する法律行為(介護契約や老人ホームへの入所契約など)も含まれています。当然、これらに付随して紛争が発生した場合に備えて訴訟代理権の授与も認められていますので、本人に代わって任意後見人が裁判を起こしたりすることもできます。

 常に最悪のケースを想定して経営上の諸問題に備えておくという意味で、成年後見制度の活用は一考に価するのではないでしょうか。